Skate Forward! その先へ Vol. 10 元アイスダンス選手、コリオグラファー、解説者
宮本 賢二

呼吸を合わせ、信頼関係で滑るアイスダンス

男女がカップルを組み、氷上で華麗に舞うアイスダンス。かつてアイスダンス選手としてISU選手権やグランプリシリーズなど国際大会でも活躍し、現在はコリオグラファー(振付師)として多くのスケーターにプログラムを振付けるかたわら、アイスダンス種目のTV放送で解説者としても活躍する宮本賢二氏に、「1からわかるアイスダンス」を教えていただいた。

アイスダンスとは

2004年GPフランス大会にて 写真:ロイター/アフロ―― アイスダンスは、リズムダンスとフリーダンスの2つのプログラムで競われますが、この2つについてまず教えていただけますか。

宮本 1日目の競技で滑る「リズムダンス(RD)」は、毎シーズンごとに決められたリズムがあります。チャチャだったり、ジャズだったり、シーズンによっていろいろですが、規定のリズムを使った音楽で滑る。演技のなかに1か所はパターンダンスといって、全員が同じステップを入れるのも特徴です。パターンダンスにはキーポイントと呼ばれる、レベルを判定するステップが含まれているのですが、それがきちんと滑れていると、高いレベルを取ることができて、点数も上がります。いっぽう2日目に滑る「フリーダンス(FD)」は、フリーというだけあって、曲もなんでもいいし、衣装もなんでもいい。決まったステップもありません。それぞれのチームが自分たちの個性を発揮した演技で競い合い、RDとFDの合計点で順位が決まります。


―― アイスダンスは男女1組で滑りますが、それ以外で男女シングルとはどんなところが違いますか。

宮本 まず、スケート靴についているエッジが違います。シングルのエッジと比べて先端のトウが少し短いので、氷を傷つけにくい。だからガリガリと氷を削る音が出ず、滑っていても音があまりしません。実際にもスピードが出ているんですが、音がしない状態で見ると、いっそうスピード感を感じると思います。要素としては、アイスダンスにはシングルのようなジャンプや単独のスピンはありません。リフト、ステップシークエンス、ダンススピン、ツイズルなどの要素を組み合わせたプログラムを滑りますが、アイスダンスは1歩1歩が採点に響くと思ってもいいくらいで、助走や無駄なステップを入れるとそれだけ点数が下がってしまうんですね。だからアイスダンサーは、スケーティングをものすごく細やかに練習して、たったひと蹴りでも非常に丁寧に滑っています。そのスケーティング自体を見るのもアイスダンスの楽しみです。


―― アイスダンスを見るとき、観戦初心者はまずどんなことを心がければいいのでしょうか?

宮本 アイスダンスは2人で踊る種目なので、「2人が揃っているか」という観点から見ると、いちばん見やすいのではないかと思います。人が動くとき、その影は絶対に同じ動きをするじゃないですか。アイスダンスを見るとき、スケーターがその影と滑っているような感じに見えると、それはとてもよく揃っているということです。2人で滑っているのに、重なった時に1人に見える。もちろん身長差もあるのですが、上手い選手はそれも含めて全部揃えて滑っているので、そこを見るといいと思います。足の方向、手の方向を見ると、よくわかります。


―― パートナーとタイミングを合わせるためには、選手はどんなふうに練習するんですか。

宮本 まずは組んでやってみる。これ以上手や足を上げたらお互いに当たってしまう、というちょうどいい高さや方向を、2人で鏡を見ながら探していって、それから鏡を見なくてもわかるくらいまで練習して揃えていきます。滑っているときも、シングルだったら自分の体調に合わせてステップを調整して呼吸を整えることもできるんですが、アイスダンスでそれをやってしまうと、パートナーとずれてしまう。だからお互いの呼吸を合わせるのが大事です。2人が同じタイミングで呼吸をすると、同じ体の動きをするのがスムースになる。自分が吸っているときに相手が吐いてしまうと、動きがでこぼこになってしまうんです。その呼吸のタイミングを、言わなくてもわかるくらいまで合わせられるようにしていくのが、練習ですよね。


―― 練習では、たとえばぶつかってしまったり、喧嘩になってしまうこともあったりしますか?

宮本 ありますよ。角度まで合わせていかないといけないし、エッジの倒し方まで揃えなくてはいけないので、本当に難しいんです。言い合いになることもあるけれど、求めるものが同じ方向を向いていれば、それは喧嘩ではなくて技術の向上なので、そういう喧嘩はちゃんとしたほうがいい。足先に刃物がついた状態で接近して滑るわけですから、練習は真剣にやらないとうまくできるようになりません。氷上はもちろん、陸上でも社交ダンスやバレエのレッスンなど、プログラムを磨くための練習をたくさんやります。そうやって練習を重ねて、試合に出るときには、お互いに信頼関係がしっかりあって、お互いを見なくてももう揃えることができるという状態になっています。

アイスダンサーになるには

感染防止に努めながら選手たちを指導―― アイスダンサーに向いている性格はありますか。

宮本 オンとオフをきちんと分けることができて、表現することが好きな人。でも、アイスダンスはとっつきが悪いスポーツではなくて、じつは誰でもできると思うんです。これからスケートを始めるという方にとってもアイスダンスはやりやすい競技だし、シングルをやっていたけれども、怪我でジャンプを跳べなくなったからアイスダンスを始めた、というような人もいます。ぼく自身もシングルからアイスダンスに転向していますしね。


―― 宮本さん自身が選手時代にアイスダンスに惹かれていたのはどんなところでしたか。

宮本 アイスダンスの選手として初めて行った海外試合が本当に華やかで、照明が素敵で、日本の国旗、世界の国旗が並んでいて……という光景に、「うわあ、華やかな世界だな」と思った。それがアイスダンスを続けた理由じゃないかなと思います。やっぱり、アイスダンサーは華やかな雰囲気が好きな人が多いと思いますね。ストーリー性があって盛り上がるプログラムにすると、滑っている自分たちも楽しいですし、点数もよくなってくるんじゃないかな。


―― いくつか素朴な疑問をうかがいたいのですが、アイスダンスをやりたいなと思ったら、どんなふうに始めればいいんでしょうか。

宮本 じつは、アイスダンスは1人でもすぐに始められるんです。まずは相手をイメージして、相手にぶつかったりしないように心がけながら1人で滑る。ガチャガチャ動いていると隣の人が滑りにくくなってしまうでしょう。上半身を動かさずに滑ってみるとか、つま先をできるだけ遠くに、綺麗に出すとか、スケーティングをよくする練習をしていると、だんだんと上達していきます。パートナーが見つかるかどうかはまた別ですが、日本スケート連盟のサポートもありますし、ぜひチャレンジしてみていただきたいです。


―― 手をつないで一緒に滑るのは恥ずかしくないですか?

宮本 最初は恥ずかしかったです。日本に生まれ育って、そういう文化で生きていないですからね。だけど、練習を始めてものの10分くらいでそんなこと言ってられなくなります。(笑)やってみれば全然大丈夫ですよ。


―― リフトは重くないですか? また、スピンは目が回らないですか?

宮本 重くないし、回りません。(笑)リフトは、腕だけで支えているわけではなくて、身体全体で持っているので、重さは感じません。女性はリフトのポジションをとったら力を絶対に抜かず、次の形に動くときは男性と息を合わせて変える。息が合っていれば軽く感じると思います。2人で組んで回るスピンも、並んで移動しながら回転するツイズルも、目は回りません。ツイズルでは、回っているときに見える残像が女性の後頭部だったら、揃っているツイズルだなって思えるんです。ところが「あれっ、目が合うな?」というときもあって、そういうときはどちらかがずれているので、先生に確認して修正するんですよ。


―― アイスダンスって難しそう、と思っている方々に、こんなふうに楽しんでほしいというメッセージをお願いします。

宮本 アイスダンスはシングルと違ってジャンプがない、イコール、プログラムのなかで失敗することが絶対的に少ない種目です。最初から最後まで、途切れることなくひとつの物語を見ることができる、表現の流れにひたることができるのがアイスダンスの魅力。細かい技術については知らなくてもいいんです。見ていて「なんだか綺麗だった、素敵だった」という演技には、やはり点数がたくさん出るし、ぎこちないなと感じさせる演技には点数が出にくいかもしれません。そういう意味ではすごく見やすい種目なんですね。だから自分の好みでいいので、好きだなと思うアイスダンサーを見つけて、応援するというのがいちばん楽しいアイスダンスの見方かなと思います。ちょっとツウなことを言ってみたい場合には、ぼくも実際に解説でよく言いますけれども、足元の傾きを見て「エッジが深いな」とか、「音がしない」とかつぶやくと、わかっている感が出て楽しいと思いますよ。(笑)  


スペシャルインタビューイメージ

元アイスダンス選手、コリオグラファー、解説者
宮本 賢二

1978年生まれ 兵庫県姫路市出身
2001、2002年 全日本選手権 優勝
2005年 四大陸選手権 8位
2006年~ 国内外のトップスケーターの振り付けを行いながら、アイスダンスの解説も行っている。