Skate Forward! その先へ
Vol. 4
スピードスケート強化スタッフ
安田 直樹氏
足元からアスリートを支える
スピードスケート日本代表として活躍後、現在はスケート用品の開発を手がける株式会社エスク(長野県諏訪郡下諏訪町)に勤務する安田直樹氏。セカンドキャリアとして、スケート靴のスペシャリストとなる道に進み、国内外で活躍するアスリートたちを支えています。全日本スピードスケート距離別選手権大会中のYSアリーナ八戸でお話を聞きました。
―― 元スピードスケートの選手でいらっしゃいますが、なぜ現在のお仕事に?
「弊社は、もともとぼくのスポンサーでした。以前会社に、大会を回ってスケート靴のメンテナンスをしている方がいらっしゃったのですが、定年が近いというので、会社がスケート靴に関する仕事ができる人材を探していたんです。ぼくはそこそこ成績も残していましたし、競技生活を終えたらやってみないかとお話をいただいて、2010年からいまの仕事をしています」
―― スケート靴のメンテナンスのお仕事がメインなのでしょうか。
「全部やります。仕入れから営業、靴の修理からブレードのメンテナンスまで、一通りできるようにしています」
―― スケーターからスケーターを支える側になったのですね。
「いまスケート人口が減ってきています。スケート靴の、ブーツ、ブレードは外国製が多く、産業としては、日本のスケート業界は厳しい状況にあると言えます。そこをなんとかうまく盛り上げていければと考えています。スケート人口を増やしていかなければいけないというのは、選手だけでなく、スケートに関わり働いている人も含めてです。かつては日本の大手スポーツメーカーもレーシングスーツやスケート靴を作っていたのですが、いまは学校の授業や一般の方が使うブーツはほとんどが中国製です。ブレードを作るには、プレスをして、加工して、溶接して、といろいろな加工工程があるんですが、ブレードとブーツ、一からスケート靴を全部作ることができるのは、国内ではうちだけではないかなと思います」
―― 大会の現場では、メンテナンスのブースが出ていますが、どんなことを行っているのでしょうか。
「弊社でスケート靴を購入されたお客様に対して、メンテナンスのサポートを行っています。また、スケート靴をオーダーする方には、足の寸法を測って、石膏で足型とりなども行っています」
―― 安田さんは元スケーターなので、選手の方にとっても安心感が違うのではないですか。
「そういうふうにいっていただけると一番うれしいです。監督やコーチの方々とは顔なじみですが、若い選手から『安田さんて、スケートやっていたんですか?』と言われてショックだったことがあります(笑)」
―― 同じ氷上の競技でも、フィギュアやホッケーとは使用する靴も違いますよね。
「ブレードの違いがまず大きいですね。長さも違うし厚さも違う。たとえば、厚さなら、フィギュアやホッケーが3~4ミリ程度なのに対して、スピードスケートはもっとも薄く1ミリが基本。刃の形状もそれぞれ異なります。スピードスケートの進行方向は一方向。フィギュアだと、ジャンプの踏み切りや着氷するためにトウにぎざぎざがついていますが、スピードだとそれはない。スピードスケートでは抵抗がまったくないように作られるというのが第一条件ですから。他に大きな違いといえば、研磨方法もそうです。フィギュア、ホッケーは機械研ぎですが、スピードスケートは機械では研ぎません。フィギュアだと、ブレードの断面図がU字ですが、スピードは直角なんです。この点から研磨の方法も違うんです」
―― どういうタイミングでブレードを磨くのでしょうか?
「大会が終わってからが多いです。スケート靴は、使用したあとのメンテナンスが非常に大事。ロックマシーン(研磨機)をかけるのは、レースが終わって、次のレースや練習に向けて、という選手が多いです。大会前に現場でロックマシーンをかけるというのは、たとえば、屋外リンクで石を踏んでブレードに傷が入ってしまったとか、緊急事態のときです」
―― メンテナンスはどのくらいの期間で考えればいいのでしょうか。
「結構まちまちですが、いまは1人1人ロックゲージをもっていて、そのゲージから外れてきたらメンテナンスに出します。選手一人ひとり、あるいは監督やコーチでもっている方が多い。ブレードに当ててみて、どういう数値を出しているかをチェックするんです」
―― ロックとは何ですか?
「ブレードが氷についている部分というのは一直線ではないんですよ。ちょっと傾けて見てもらうとわかるのですが、うっすら湾曲している。このアーチのことを「ロック」と呼ぶんです。だいたいR22からR24、25くらいまで、選手によって異なります。R22のロックとは、半径22mの大きな円の円周のブレードの長さを切り抜いた部分のことです。このアーチがどんどん台形になったり、2段ロックといわれる真ん中だけへこんでしまったりすると、選手の滑りに影響がでてきてしまう。ぼくが会場で行っているのは、ロックをきれいに整えてあげるという作業です。またブレードは薄いぶん、曲がりやすくゆがむので、ブレードの曲げも調整します。コーナーを曲がるときに、氷をかんで力が入りやすいように、カーブと同じ方向へ弧を描くように直します」
―― ずばり、スピードの出る良い靴はこれだ!という基準はあるのでしょうか。
「みなさん模索していると思うんですが、靴に関してはフィーリングとフィット感なんです。ぼくも選手だったときにそうだったんですが、感覚が鋭すぎてしまって。個々の選手によって、感じ方は全く違いますから。一方で、トレーニングと成果に関しては、さまざまな解析が進んでいくなかで、科学的根拠と人間の考え方がしっかりつながる状況になりつつあると思っています」
―― ところで、安田さんとスピードスケートとの出会いは?
「ぼくは生まれは埼玉なんですけど、長野に引っ越してきて、姉がスケートに誘われて、それについていったのが始まりです。
小平奈緒さんと同じ小学校と中学校なんです。茅野市はスケートがさかんで、外ノ池亜希さんとか野明弘幸さんとかオリンピック選手もいます。フィギュアはリンクがなかったんです。やはりその地域に環境がないと、はじまらないですよね。ぼくはサッカーも野球もバスケットボールも、いろいろやっていました」
―― なぜスピードスケートを選んだのですか。
「チームプレーが苦手なんじゃないですか。(笑)スケートのほうが楽しかったんですよ。自分にとってわかりやすいというか、責任転嫁がないじゃないですか。誰かのパスが悪いとか、誰かが打たれたとかいうのはない。全部自分のせいですから。ぼくは小学校のときは全然速くなかったんです。全中(全国中学校体育大会)2年目は予選落ちしているし、3年生で初めて通過したレベルでした。全国で成績を出したのも、インターハイ2年生からで、それまでは遅かった。それでも続けていたのは、スケートをやっていた仲間たちが面白かったから、競技をやっていて楽しかったからです」
―― いまの選手たちを見ていて、ご自身のころと変わったなと感じることはありますか?
「勝ちに対して、すごくストイックになったと思います。ぼくらのころがストイックではなかったというわけではありませんが、「本当に勝ちたい!」というオーラが出ていると思います。ぼくが選手をやっていたときに、たとえばナショナルチームに入れたかというとたぶん入れなかった。そこまで真摯にスケートにぐっと入り込める環境ではなかったですから。本当にいまは成績も出ているし、すばらしいシステムだと思います。上から下のほうまで、熱が伝わっています」
―― 今のお仕事のやりがいは、どんなところに感じていますか。
「選手に弊社の靴やブレードをはいてもらって、成績を出してもらえばうれしいです。髙木菜那さん(平昌オリンピックのチームパシュート、マススタート金メダリスト)には、うちのブーツを高校生のころから長く愛用していただいています。菜那さんにはメダルを獲ってきてもらいましたから、今後もメダリストが2人、3人と増えていったらうれしいです」
―― では、最後にプロフェショナルとしての今後の目標を聞かせてください。
「プロフェッショナルになれるようにがんばります。奥の深い仕事ですから、自分はまだまだそこまでいけてはいません。選手のみなさんに寄り添いながら、プロフェッショナルと呼ばれるように努力していきたいと思います」
スピードスケート強化スタッフ
株式会社エスク所属
安田 直樹
1982年生まれ 長野県茅野市出身
高校3年生の時に世界ジュニア選手権大会に出場
2003年 アジア冬季競技大会 10000m 銅メダル
2005年 全日本スピードスケート選手権 総合2位
2005年 世界オールラウンドスピードスケート選手権アジア地区予選会 総合2位
2006年 世界オールラウンドスピードスケート選手権 出場